生まれつき、特別な力を持った人間というものがいる。
強烈なカリスマ性であったり、怪力であったり、類稀なる美貌であったり。
私の場合はそれが法力だった。人より出来るということは、尊敬の眼差し以上に嫉妬や恨みを買う。
私は常に自分を隠していなければならなかった。



気温が高くなるにつれ、開放的になる人々―特に若者達が行き交う街で、肌を覆い隠すような私の姿はいかにも不自然で目立つ。用事は済ませたのだから早く家に帰ろうと、少し速度を上げた時だった。何やら前方から黄色い声が上がるので、思わずそちらに目をやる。女性達に囲まれてうろたえる若い男の姿が見えた。
 「カイ様、ご一緒にお茶でもいかがです?」
 「あちらに素敵なお店がありますのよ」
 「カイ様」
 「カイ様」
 「・・・いや、私は今巡回中ですので・・・」
カイと呼ばれた男は四方八方から服を引っ張られてよろめいている。
同情はしたが助ける義理は無いので私は知らん振りを決め込んだ。
騒ぎを遠巻きに眺めながら通り過ぎた直後、嫌な予感がして肌が粟立った。
来た道を振り返ると、警察の制服を来た者がカイという男の元へ駆け寄って来ていた。
 「隊長!大変です、魔獣が現れたという報告が・・・!」
男の言葉が終わらぬうちに、町の人々も女性達も、蜘蛛の子を散らすように建物の中へ避難してしまった。そう言えば、この辺りには魔獣の住み処があって度々襲われるという話を聞いていた。
私はここへ来て初めてそいつにお目にかかるということになるだろうか。大抵は法力で威嚇すれば尻尾を巻いて逃げ出すのだが、近付いてくる気配から察するに今回は少々度胸のある相手らしい。
・・・私が無理に相手をする事は無い、今この場には警察の者がいるのだから。
私は再び彼等に背を向けて歩き始めた。今日は何だか疲れた。早く家で休みたい。
後ろで何か怒声が聞こえる。魔獣がいよいよこちらにやって来たのだろう。心の中で頑張って下さいと祈りつつ、私は足を止めなかった。
 「―――・・・・・・」
今、かすかに女の子の泣き声が・・・?流石に立ち止まって辺りを見回すと、戦闘現場の近くの街路樹の陰に、少女がうずくまっているのが見えた。恐らく、逃げ遅れた上に怖くてその場から動けなくなってしまったのだろう。警察の者は誰も気付いていないのだろうか?
いや、あのカイという男は気付いているようだ。必死に場所を移そうとしているが、魔獣もその少女が目当てらしく執拗にその子を狙っている。
一瞬の隙を突いて魔獣が包囲網を飛び出した。私は咄嗟に左手をかざしていた。少女に飛びかかった魔獣は結界に弾かれ、もんどりうって無様に倒れた。そこへあの男が止めを刺す。
 「セイクリッドエッジ!」



力を使うと全身の呪印が燐光を発する。それはどんな布で覆っても隠しきれるものではない。
予想外の出来事だったとは言え、人をして不気味と言わしめるこの体を衆目に晒してしまった。
この街には来たばかりだったが、もういられないだろう。
私は小さく溜息をつき、更に重くなった足を引き摺って家に帰った。



その夜。
家のドアをノックする音に私は首を傾げた。家を訪ねてくれるような知り合いに心当たりは無い。
それにこんな夜に突然やって来るなんて、怪しい輩に決まっている。
私相手に大した事は出来ないだろうが、それでも身構えてドアを開けた。すると、目の前に立っていたのは昼間の警察の男、カイだった。
 「さん、ですね?私は国際警察機構のカイ=キスクと申します。夜分にすみません。
 ですが、どうしても今日のうちにお会いしたかったので・・・」
 「は?」
私は彼の言う事がよく飲み込めなかったが、とりあえず中に入ってもらった。
 「昼間、魔獣が現れた現場にいらっしゃいましたよね?」
私がお茶を出すと、彼は早速切り出した。
 「・・・ええ」
嘘をついても仕方が無いので、私は素直に頷いた。
 「やっぱり。貴女の事を知っている人がなかなか見つからなくて大変でした。
 それでも、是非、お礼を申し上げたくて」
 「わざわざ・・・?」
 「貴女のお陰で、あの少女を助ける事が出来ました。彼女も喜んでいましたよ。
 本当に、有難うございました」
・・・別に、貴方を助けたわけじゃないのに。
私はその言葉を飲み込んだ。私に微笑みかける彼の顔が眩しかったから。
善意の人をも冷たくあしらう癖がついてしまっている。気を付けなければ。
 「どういたしまして」
それでもぶっきらぼうな口調になってしまったのは仕方が無い。こういう穏やかな会話には慣れていないから、どうしたらいいのか分からないのだ。
暫しの沈黙。
 「・・・貴女の、その力」
カイが口を開く。
 「私は、素晴らしいものだと思いますよ」
私は弾かれたように顔を上げ、彼を凝視した。
 「街の人に少し聞いただけですが、どうも貴女は歓迎されていないようだ。
 確かに、人は強大な力に怯える。
 しかし、それ以上に、貴女自身がその力に踊らされているのではありませんか?」
 「私自身が、踊らされている―――?」
そうかもしれない。この力を私は恐れ、疎んじ、恥じもしていた。同時にその感情は自分自身にも向けられ、私はずっと私を愛せないでいた。
 「もっと自分に自信を持って下さい。貴女が貴女自身を受け入れて、認めてあげて下さい。
 自分を偽る必要なんて、無いんですよ」
心の中の霧が晴れていくのを感じた。パタパタと手の甲に雫が落ちる。カイが慌てふためくのを見てやっと自分が泣いているのだと悟った。
 「す、すみません、泣かせるつもりは・・・」
涙を拭った私の手を取って彼は言った。
 「余程、辛かったんですね。でももう大丈夫です。何かあったら、私に言って下さい。
 出来る限り力になります」
 「どうして、そこまで私のことを・・・?」
 「市民の力になるのは、公僕として当然の務めです。
 ―――というのは建前で、気になるんです、貴女のことが」
そう言うとカイは少し照れたように笑った。つられて私も笑ってしまう。
これからは、―少なくともこの人の前では、もう何も隠す必要は無いんだ。
たった一言で私を解放してくれた人。
私も、貴方が気になり始めましたよ、カイ。








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